50代の暮らしは無理なく続けられる小さな習慣がちょうどいい

テーブルの上の小さな習慣

50代になってから、暮らしの中で大切にしたいことが少し変わってきました。以前は、何かを始めるなら「ちゃんとやらなきゃ」と思っていました。

毎日きちんと続ける。
忘れずに記録する。
できれば結果も出したい。

そう思って始めるのですが、たいてい最初だけ張り切ります。そして数日後、静かに通常運転へ戻ります。

自分でも「あれ?あのやる気はどこへ」と思うのですが、たぶん、張り切りすぎるから続かないのだと思います。

最近は、50代の暮らしには、完璧な習慣よりも無理なく続けられる小さな習慣くらいがちょうどいいのかもしれないと感じています。

目次

50代の暮らしは、がんばるより続けられることが大事

若い頃は、少しくらい無理をしても何とかなっていた気がします。でも50代になると、無理をした分があとからきちんと返ってきます。

しかも、なかなか律儀です。

昨日ちょっと頑張りすぎると、翌日に「昨日の分です」と疲れが届く感じ。頼んでいないのに、配達だけは早い。

だから最近は、何かを始めるときにも「どれだけ頑張れるか」より、「これなら続けられそうか」を考えるようになりました。

気合いを入れすぎると、だいたい続かない

私の場合、気合いを入れすぎると危険です。

ことり

「今日から毎日これをやる!」
「絶対に続ける!」
「今度こそ!」

この言葉が出てきたときほど、少しあやしいです。

最初は張り切るのですが、その張り切りが重くなって、だんだん面倒になってしまうことがあります。

だから今は、最初から少しゆるめに始めるくらいがちょうどいいと思うようになりました。

小さく始めるくらいがちょうどいい

たとえば、健康のために何かを始めたいと思っても、いきなり生活を大きく変えるのは大変です。運動も、食事も、睡眠も、全部きちんとしようとすると、それだけで疲れてしまいます。

それよりも、毎日の中にひとつだけ小さく取り入れる。

  • 飲み物をひとつ変えてみる
  • 寝る前に少し早めにスマホを置く
  • 朝、窓を開けて空気を入れる
  • 疲れた日は無理に予定を詰めない

そのくらいの小ささなら、私にもできそうな気がします。

最近、暮らしの中で大切にしたいと思うこと

最近は、暮らしを大きく変えるより、少しずつ整えることを大切にしたいと思っています。

きれいに整った暮らしに憧れはあります。

でも現実には、仕事もあり、家のこともあり、ハルのこともあり、気づけば一日が終わっています。

丁寧な暮らしに憧れながら、実際は洗濯物をたたむ前に座ってしまう日もあります。

座ったら最後です。なかなか立ち上がれません。

体の変化を無視しない

50代になると、体の変化を少しずつ感じるようになりました。疲れが残りやすくなったり、朝の起き方が前と違ったり。

以前も、そんな気持ちをこちらの記事に書きました。

大きな不調というほどではなくても、「あれ?前と少し違うな」と感じることがあります。

そういう小さな変化を、なかったことにしない。でも、必要以上に怖がりすぎない。その真ん中くらいで、自分の暮らしを見直していけたらいいなと思っています。

安心できる習慣をひとつ持つ

小さな習慣は、体のためだけではなく、気持ちのためにもなると思います。

「これをしているから大丈夫」と言い切るものではありません。でも、何かひとつ、自分なりに気をつけていることがあるだけで、少し安心できます。

心配性の私は、何もしていないと余計に気になってしまうことがあります。だから、無理なくできる小さな習慣があると、気持ちの置き場所になるのかもしれません。

私にとっての小さな習慣

最近、私がまた始めた小さな習慣のひとつが、黒酢を飲むことです。以前の旧ことり歩でも紹介していた、養命酒製造の黒酢をまた飲み始めました。

以前飲んでいたときに、味や続けやすさが自分に合っていたので、再開することにあまり不安がありませんでした。

まったく新しいことを始めるより、前に自分に合っていたものに戻る。これも、50代の暮らしには合っている気がします。

黒酢をまた飲み始めたこと

黒酢を飲むことは、私にとって大きな健康法というより、毎日の中に戻した小さな習慣です。

水で割って飲むだけ。甘みがほしい日は、少しだけ調整する。それくらいなら、続けられそうです。

実際に飲み始めた感想はこちらにまとめています。

黒酢に限らず、自分に合うものをひとつ見つけておくと、暮らしの中で少し安心できます。

完璧にやろうとしないこと

ただ、続けるためには、完璧にやろうとしないことも大事だと思っています。

毎日同じ時間に飲む。
絶対に忘れない。
きちんと記録する。

そう決めすぎると、私の場合はだんだん負担になります。

忘れる日があってもいい。
飲む時間がずれてもいい。
今日は無理、という日があってもいい。

それくらいのゆるさがあるほうが、結果的に続く気がします。

小さな習慣は気持ちを少し軽くしてくれる

小さな習慣があると、暮らし全体が急に整うわけではありません。でも、気持ちが少し軽くなることがあります。

ことり

「今日も少しだけ自分の体を気にかけた」
「無理はしていないけれど、何もしていないわけでもない」

そう思えるだけで、少し安心できます。

暮らしを整えるというより散らかりすぎないようにする

私は、暮らしを完璧に整えるというより、散らかりすぎないようにするくらいが現実的だと思っています。

気持ちも、部屋も、体調も、全部をきれいに保つのは難しいです。

でも、

  • 少し乱れてきたら、少し戻す
  • 疲れてきたら、早めに休む
  • 不安が増えてきたら、できることをひとつだけやる

このくらいなら、50代の毎日に取り入れやすいです。

できない日があっても良い

小さな習慣は、できない日があっても良い。一日忘れたからといって、全部失敗ではないです。

以前の私は、少しできない日があると「もうダメだ」と思いやすいところがありました。でも最近は、また次の日から戻ればいいと思うようにしています。

三日坊主でも、四日目にまた始めれば、少し長めの三日坊主です。

言い方の問題かもしれませんが、これくらいでいいと思っています。

まとめ|50代は「続けられるくらい」がちょうどいい

50代の暮らしには、無理なく続けられる小さな習慣がちょうどいい。最近、そんなふうに感じています。

大きく変えようとしなくても、毎日の中にひとつだけ自分を少し気にかける時間がある。それだけで、気持ちが少し落ち着きます。

黒酢を飲むことり

黒酢を飲むことも、私にとってはそのひとつです。

もちろん、何かひとつで全部が変わるわけではありません。でも、がんばりすぎず、少しずつ。できる日にできることをする。

50代の暮らしは、それくらいのほうが長く続けられるのかもしれません。

今日も完璧ではないけれど、まあまあで大丈夫。その「まあまあ」を積み重ねていけたら、きっとそれも悪くない暮らしだと思います。

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