仕事から帰り、玄関の前に立つ。
バッグを持ち替え、鍵を取り出し、
ドアノブに手をかける。
その前の、ほんの数秒。
外の空気と、
家の空気の境目に立っているような、
静かな時間が流れる。
私はこの瞬間が、少し好きだ。
仕事の顔。社会の役割。緊張感。
それらがまだ背中に残っている。
ドアの前に立つと、
それらが少しずつほどけていく。
中に入れば家の時間が始まる。
その前の境目の時間が、
気持ちをゆっくり整えてくれる。
ドアの向こうには、いつもの空気がある。
音は聞こえないのに、
そこにある安心を、体は知っている。
ハルがいる。
その気配を想像するだけで、
気持ちがやわらぐ。
急いでドアを開ける日もある。
でも、ほんの一瞬立ち止まるだけで、
心の余白が生まれる。
慌ただしい一日の終わりに、
わずかな「間」があるだけで、
心が落ち着いていく。
鍵を回し、ドアを開けると、
いつもの生活の音が戻ってくる。
特別なことはない。
でも、
帰る場所があることの安心が、静かに広がる。
玄関のドアを開ける前の、ほんの数秒。
外の時間から家の時間へ、
静かに切り替わる境目のひととき。
その短い時間が、
一日をやさしく終える準備を
してくれているのかもしれない。
今日もまた、
ドアノブに手をかける前の静けさの中で、
そっと深呼吸をする。

